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日常なことも、非日常なことも・・・
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★ネタバレありです★


『必死剣鳥刺し』

正直、後味の悪さが残る。
その最大の理由は、「兼見が乱心したから始末しろ」との津田の命令に
武士たちは一瞬たじろぎながらも兼見に切りつけるというシーンが挿入されているからだ。
これによって「兼見(善)」対「津田(悪)」という明確な二者構造が揺らいだ。
むしろここは原作のように何も説明を加えないか、
もしくは「詰めていた武士たちは津田の作戦を知っており、ためらいなく切る(=悪)」とすべきではなかったか。
「本意ではないのに兼見を切ってしまった武士たち」の存在が
別の問題を提起してしまっているし、
兼見を「誰も助けてくれない可哀想な男」に仕立ててしまっている。
さらにこれだと、一番カッコイイのは兼見よりも別家(帯屋)に見えるんだね…
というわけで非常に残念。
ラストの殺陣シーンは圧巻。


『インセプション』

一言で言えば「夢泥棒」で、テーマは壮大なものではなく、パーソナルな小さい世界のお話。
要素とすれば『オーシャンズ11』『マトリックス』『アバター』などさまざま思い出せる。
しかし、この映画を面白くしているのは構造と見せ方。
同時多発的な危機の作り方として、幾層もの夢をつなげて見せると言う方法、アイディアそのものに関心してしまった。
こう書いてしまうと突飛でも何でもないかもしれないが、つまりこれが「コロンブスの卵」なんだろうな。『メメント』もそうだけど、この監督の特徴はシンプルな物語を見せ方ひとつで変えてしまうんだよね。
だから本作、ひとつひとつのエピソードは単純でも、組み合わさると案外複雑なのでわかりやすい映画ではない。
むしろついていくのに必死、途中からはそれすら諦めてしまう(笑)。
確信犯的に観客は置いていかれるのだ。
でも、流れに思い切り身を任せ、何処に着地するかという不安を抱かずにジェットコースターに乗っていられる楽しさと安心感がある。
そして、オチ、すなわち着地点に到達したとき、ああ、結局わたしたちは監督の頭の中の「遊園地」で遊ばされてたんだと思い知らされるのだ。
さらに、驚きと言う点では「CGを極力使っていない」という映像面も。
3G時代が到来し、もう映像でびっくりさせられることはそうそうないのではと思っていたけど…
原作モノやリメイクなど、他人のアイディアを拝借することが多くなっている昨今の映画業界は、この映画が描こうとした世界にも通じる。
自身で脚本を手掛け、独自の手法で挑もうとするノーラン監督の姿勢に賞賛を送りたい。


『ぼくのエリ 200歳の少女』

数々の国際映画祭で話題になっており、ヴァンパイアの少女エリと人間の少年オスカーの初恋を切なく描いているらしい…程度の情報で鑑賞。
確かに、子役の見せる微妙な表情や演技は素晴らしい。
確かに、極寒のスウェーデンを舞台にした、吸血鬼映画としての殺人や吸血のシーンもなかなか独特で衝撃的。
雪の白さに赤い血というような叙情的な風景は強く印象に残る。
少年オスカーが受けるいじめも残酷で顔をしかめたくなる。
確かに、切ない話だ。
でも見終わった後は正直、「それで?」という感じ…。孤独で不幸な少年少女の成長に焦点を当てるなら、吸血鬼でなくても描ける気すらした。
と、自宅に帰ってPCで検索すると、なんと!エリに関する驚くべき事実が判明。
そうなると、エリのセリフも、エリの秘密を知ってしまったときのオスカーの動揺も
彼らの覚悟の程も、黄泉への逃避行のようなラストも、すべて意味が違ってくるではないか…!。
そしてその「事実」は、原作を読んでいない日本の観客には究極に分かりづらいように加工されてしまっている。
その加工と言い「200歳の少女」との邦題のサブタイトルと言い、これらは作品そのものの物語を曲げてしまっている(怒)…
私は見る前に情報を入れていきたくない方だけれど、これに関しては、情報を仕入れてから鑑賞することをオススメします。

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